Rising sun

終戦の日。

1945(昭和20)年8月15日の正午、
ラジオを通じて、天皇陛下の玉音放送(終戦の詔勅)があり、
日本は終戦の日を迎えた...と、学んでいたけれど
世界の国々の認識からすると、
1945(昭和20)年9月2日、東京湾上の米艦ミズーリにて行われた、
「降伏文書」への署名によって、日本の降伏が確定した...
ということのようで、
樺太での9人の女性たちの自害に至る状況や
最前線で、死と背中合わせに戦っていた方々の心情を考えると
8月15日が終戦の日と言えるのか、言っていいものか...
と、感じたりもしています。

戦争に至るときには、大義が掲げられ、
それは、双方の側に、存在するものである...ということは、
どちらにも、言い分があり、その言い分は双方にとっての
「正義」である...ということになるのでしょう。

では、正義とは何か...?
それは、誰にとっての正義なのか?


世界の様々な分野で、活躍する日本人がいることを知るとき、
同じ日本人という理由で、素晴らしいと感じたり、励まされたり、
喜んだり、応援したり...
生まれ育った町の景色や気候や風土に、愛おしさを感じることが
愛国心だというのなら、私にも愛国心はある...と
言えると思うけれど、
自分の国さえよければ、自分の国の人さえ安全なら、
それが自分の国の利益に繋がるのなら
他の国のことは、他の国のこと...という気持ちにはなれません。
生まれ育った町や、暮らした家に戻れないでいる人々が
未だたくさんいる中で、
原発事故に至った経緯を、あらゆる視点から検証したり、
事故後の処理さえ、ままならない状態で、
他国に原子力発電を推進しようとする発想に、愛国心がある...
といえるのだろうか?と疑問に思います。
それが、日本人として、世界に恥じない選択だと言えるだろうか?
と。

どうか、日本という国の舵を握る役割を担っている方々には、
自分の任期の間だけ、自分の支持者が潤えばいい...
というような感覚で、道を選ぶことのないようにと願っています。

お金を得れば、お金を与えれば、間違いも話のすり替えも、
最後は誤解にできる...なんてことは決してなく、
誇りや信頼は、得るより失う方が容易だということに、
気づいていて欲しいと願っています。

そして、私たち、一人ひとりも。


日本において、
「終戦の日」とされている日に。
[PR]
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by sawaki-home | 2013-08-15 12:00 | politics | Comments(0)

Painting is poetry that is seen rather than felt, and poetry is painting that is felt rather than seen. [Leonardo da Vinci]


by sawaki
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31