牽制球と隠し球


日本のプロ野球の春季キャンプが始まりましたね。
この季節は、GAORAで放送されている、ファイターズの練習風景を
時間の許す限り観ています。
準備運動から、キャッチボール、守備練習、バンティング練習...と
それぞれの選手が、その日のメニューに沿って
技術練習や、筋力トレーニングなどに励んでいて、
連携プレーなど、こんな風に練習するのかぁ~と、楽しく観ています。

ふと、牽制球を投げる投手の姿を観ているうちに
野球とは、全く関係のない次元で、
「あれは、牽制球を投げられていたということなのかな...?」
と思い当たることがあって、
「これ以上、走られたくない!」と思ってのことなのかな?...と
天空に舞い上がりそうな風船を、小さな針で刺されたような...
そんな気持ちになりました。

最近では見られなくなったけれど、昔は、「隠し球」というのも
ありましたよね。
そこには、何もないはずだと思わされて、
気を許した途端に、隠されていた球で、その先の道を閉ざされる...
スポーツとしては、フェアじゃないと感じるけれど
日常生活の中には、そんな勘違いや思い込みの果てに突き付けられる
「隠し球」もあるのかもしれない...と思いました。
隠していた方が賢くて、見極められなかった方が愚かなのか...
煩わしい策略など振り払って、直球勝負で向き合いたかったのだけれど。

スポーツとは、かけ離れた話になってしまいましたが、
牽制球でアウトにされたランナーの気分で過ごした一日でした。



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by sawaki-home | 2014-02-05 01:25 | sports

Painting is poetry that is seen rather than felt, and poetry is painting that is felt rather than seen. [Leonardo da Vinci]


by sawaki
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