或る日の悟り

「石橋を叩いて渡る」
用心に用心を重ねて物事を行うことのたとえ
と、辞書にありました。

ですがこれまでの私は、
「石橋を叩いて壊す」
もしくは
「石橋を叩かずダッシュ」
そんな感じでした。

それでも、そんな私も
私らしくていいかな...くらいに
思っていました。


けれど、
このたび、ある出来事を通して
「石橋は叩いて渡るに限る」
と、痛感しています。

決して短いとは言えない人生経験を通じて
人を見る目や人の気持ちを察することに
自負のようなものを持っていたのですが、
それが、自分に対する過大評価だったと
わかったのです。

そのことを自覚するまでに
一年もの月日を費やし
その間、その自負と現実との狭間で
眠れない夜を何度も過ごし
冷静に、その状況を受け止めるまでに
こんな感情が、自分にあったのか
と思えるほど
受け入れがたい自分を
知ることにもなりました。


今となっては、
そんな自分を知ることになったことが
この出来事での一番の
大きな収穫だったのかもしれない...
とも思います。


石橋は、叩いて渡るに限る

その人の人となりや、とりまく現状は
自分から見えるものだけでは判断できない。
わかっているつもりでしたが
わかっていなかった。

よくよく、その人を知って
心を通い合わせることができてから
渡り始めることで
渡れない橋を渡ろうとしてしまう危険から身を護り
叩きすぎて壊してしまう関係を
よいものに保つことができるのだろう
と、
いま心から感じています。


昔の人が、ことわざとして残している言葉は
人が生きていく中で遭遇していくことに対する
普遍的な教えが込められているのだと
あらためて思う、今日この頃です。
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by sawaki-home | 2015-04-26 06:34 | diary

Painting is poetry that is seen rather than felt, and poetry is painting that is felt rather than seen. [Leonardo da Vinci]


by sawaki
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