君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず


「和」という言葉。

調和とか平和とか、和むとか...
協調したり、双方が理解しあったり、安心感だったり
そういうイメージとして用いられる言葉だけれど
和訳とか和風とか、
日本を示す言葉としても使われていますよね。

中国の古い書物に出てくる日本は、倭国とか倭人と
記されていたようだけれど
同じ「わ」という音でありながら、「倭」から「和」へ
どんな経緯で変化したのでしょう...?
どこかで聞いたか読んだ気がするのですが
思い出せません...


昨夜、20年来の付き合いとなる友人たちと過ごして
この20年の関わりの間には
共に楽しんだ思い出もたくさんあるけれど
時には互いの想いや思考の違いをぶつけ合ったりして
心のどこかに蟠りを残している部分もあるな...
と感じています。そして、
どうして、この関係が続いているんだろう?と考えた時、
1対1の関わりではないからかな?と。

1対1だと、こじれてしまえば、その糸は切れやすく
切れてしまうと離れてしまうことにもなるけど
まわりに幾人かの他者がいて、
それぞれがその他者と関わり続けていることで
こじれた相手とも関わり続けることになる...
そして、その幾人かとの関わりによって、
時には、相手を尊重したり、自分を省みたりすることに
繋がったり...

そんなことを思っていると
そういう関係というのが、図にするとまさに「円(輪)」で、
手毬の糸のように、それぞれがそれぞれと結ばれていて
よりその円(輪)が逞しいものとなるような。

そして、こういうことが「和」なのかな、と。

その「和」が、日本を示す言葉として使われている。
日本の通貨の単位は「円」。


~和を以て貴しとなす~

聖徳太子が制定したと言われている
十七条憲法の第一条に出てくる言葉ですが、
この考えのもとになっているのが
『論語・子路』にある孔子の
「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」
という言葉だとか。


お酒の席で、酔いの勢いにまかせると言葉が過ぎて
酔いが醒めるとともに、
ため息がどっと出たりもするのですが...
まわりの糸に繋がれて、支えられ
ここに生かされているのだと、つくづく思います。

とても、ありがたく幸せなことだということを
忘れてはいけないと思うのです。


 
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by sawaki-home | 2016-05-29 14:00 | diary

Painting is poetry that is seen rather than felt, and poetry is painting that is felt rather than seen. [Leonardo da Vinci]


by sawaki
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