改憲

 
投票率は、どのくらいだったのだろう...?
与党に投票した人、投票に行かなかった人っていうのは
改憲について、容認ということなのかな?

私の個人的な見解だけれど
雇用は増えていると言っても、非正規雇用が増えているというだけでは
将来的な生活の安定を見通せるような仕事に就けたとはいい難く
けれど、そういう不安定な状況にさせることで、
現在の、自衛隊を希望する人員が少ないという状況を
自衛隊は国家公務員だし、収入も保証されているから自衛隊に!
という心境に促そうとしているんじゃないかな...?
って思ったりもする。

深読みのし過ぎ...なのかもしれないけれど。


災害などが起きた時など、自衛隊の方々の尽力で
いちばん大変な時を、乗り越えられている...ということは
よくわかっている。
ほんとうに、ありがたいことだと感じてもいる。

けれど、そんな方々が
戦地に赴いて、戦いの前線に立つ...ということを想像すると
日本のために、世界のために、頑張って戦ってきてください!とは
どうしても言えない、言いたくないのです。


昨夜、テレビでコメントされていたある方は、
日本は、憲法9条のおかげで平和だったのではなく
アメリカの核の傘下に守られているから、平和だっただけ!
と話されていました。
だとしたら、アメリカの核の傘下がなければ
日本は、どこの国に標的とされ、平和を奪われていたと言うのだろう?
北朝鮮?韓国?中国?ロシア?アメリカ?
日本では国連と訳されているけれど
先の第二次世界大戦の国際連合軍という表記と
現在も変わっていないとか?
だとしたら、どんなに日本が経済成長を遂げたとしても
彼らにとっての日本は、枢軸国。
そんな日本が、憲法を改憲し、独自の軍隊を持ち、
アメリカの傘下から独立し、自分の国は自分の国の軍隊で防衛する...
という選択をした方が、
周囲の国々にとっては、危険な国...という評価になるのでは?

だからといって、アメリカの核の傘下にいれば安心だ!
という話ではない。
アメリカの傘下にいるから、アメリカが戦争を始めるなら追従しなければ
という発想が生まれてしまうのだから。

どっちを選んでも、戦争に近づいていく。
戦争が身近なものとなっていく。
その時、改憲を容認した人は、誰に戦地へ行けと命令するのだろう?
どれほどの人が、戦地へ赴き、「殺すか殺されるか」という
精神を麻痺させるような、心に深い傷を残すような日々が続くことに
遭遇させることになるのだろう?

軍隊を必要とし、改憲を容認するとしている人は
その戦地へ赴く可能性が、自分にもあると感じているのだろうか?
自分に行けと言われたら行く!という想いなのだろうか?
家族が行けと言われたら、国のために頑張って来いと言うのだろうか?
誰が、その軍隊に属し、誰が行くんだろう...と考えているのか。


どんな戦争にも、戦争に踏み切る大儀というものがある。
国内の紛争であったり、イラク戦争では
フセイン大統領の独裁政権や核兵器を製造する施設があると言って
攻撃に至ったのではなかっただろうか?
戦争をしたければ、自作自演のような手段で
大儀を掲げることもできる。

日本国憲法の戦争の放棄は、連合国軍のアメリカが
枢軸国である日本に、二度と戦争をさせない国にしようとして
作った憲法であるとも言える。
けれど、そのアメリカも、アメリカ国内では、反戦の勢力も広がってきて
軍備費や軍隊の人員確保も難しくなり
戦争によって障害を得た退役軍人への保証についても、
その人数の多さに、財政負担も感じ始めていて
だから、自分の国からの派兵や費用を少なくするために
日本からもアメリカの戦争に加勢できるように求めてきた結果
「集団的自衛権」というものを日本に求めているのではないだろうか?

北朝鮮の核兵器保有が脅威だとし、
最善の防衛を考えなければならない世界情勢だというなら
日本海側に、原子力発電所が点在している...という現実と
原子力発電の開発を推進させている現実は
大きく矛盾しているように思える。


原子力発電の安全神話が、神話であったことに気づかされている今
改憲しても、徴兵制などにはならない!と言っているけれど
指導者の安全神話を、さらにまた、鵜呑みにして
イギリスの国民のように、国民投票後に、安全だと思っていた...
それが当然の選択だと思っていた...なんて言葉を聞かされることになっても
国民投票は、簡単に再投票はできない。

そのことを、自分にも降りかかることとして
十分に理解し、選んだことを背負っていく覚悟があると
改憲を容認した人たちは、本当に言えるのだろうか?


最善の答えが、どういうものなのか... いまの私にもわからないけれど
わからないまま、誰かの判断に委ね、安易に改憲を選択すると
とてつもない後悔をしてしまうような気がするのです。
そのくらいの大きな問題だと思うのです。

 
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by sawaki-home | 2016-07-11 00:24 | politics | Comments(0)

Painting is poetry that is seen rather than felt, and poetry is painting that is felt rather than seen. [Leonardo da Vinci]


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