幻想のような期待

 

 

自分自身のことを省みると

女性的要素が欠落しているなぁ~と

感じることも多いのだけれど

それでも、50年近く

女性として生きてきて

自分自身や他の女性たちの姿から

女って馬鹿だな...と思う

瞬間はある。

 

もちろん、必ずしも

すべての女性にあてはまるとは

言えないと思うけれど...

という前置きをした上での話。

 

たとえば、

幼い子への虐待のニュースなどでは

女性の連れ子に対し

女性の新たな恋人や夫が

虐待を行っているというのに

女性の方は、我が子を守ることより

その男性との関係を続けることを望み

虐待を容認してしまっている

ような話を聞く時。

 

私自身には子供がいないし

どちらかと言えば

自立心のある方だと思っているので

そんなことになってしまう女性の

揺れ動く想いを

察することが難しいのだけれど。

 

たとえば、

妻帯者の男性を愛してしまうという時。

男性には、確保しておきたい場所があって

そこは手放すことなく

けれど日常の中や、心の中に、

実在する隙間を誰かに埋めてもらいたい

という想いの中で

妻とは別の女性との関係を望んでいると

気づいているにもかかわらず

その隙間を埋めるだけの存在でもいいと

自分を納得させようとしているような

そんな時。

 

たぶん、どちらの場面でも

愛する人から愛され続けたいという想いを

優先させてしまっている気がする。

 

いつかこんな状況も

変わる日がくるかもしれないという

幻想のような期待を抱いて。

 

現実には

大きな大きな寂しさや虚しさを抱えながら

ほんの僅かな、幸せを感じる瞬間に

すがっているようなものなのに

ほんの僅かでも、なくなってしまうことの方が

耐えられないと思ってしまうのではないかと。

 

そう考えると

虐待や不倫に限定せずとも

そんな心情は

確かに自分にも存在していると思う。

 

自分の生き方の美学としては、

自分の中にある、誰かや何かに

すがりたいと思ってしまうような部分は、

こらえて、抑え込んでいかなければと

思って生きてきたけれど

頼れる存在を求めたくなるという気持ちや

愛されている安心感のようなものを

求める気持ちは、

心の中に、確かにある...と。

 

 

男性であれ、女性であれ

というか、性別という枠にかかわらず

それぞれに持つ要素から逃れられなかったり

振り払おうとしたりしながら

自分にとって、何が大切なのか?

自分自身が望んでいるものは何なのか?

自問自答するような場面を重ねながら

少しずつ自分という人物像を

自分が知っていくのかもしれない。

 

 

今日は、ふと

そんなことを思った。

 

 

 

 


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by sawaki-home | 2018-07-25 04:17 | mind

Painting is poetry that is seen rather than felt, and poetry is painting that is felt rather than seen. [Leonardo da Vinci]


by sawaki
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