2018年 08月 29日 ( 1 )

その背中を

 

 

何かを誰かに伝えたいと思うとき。

 

たとえば、仕事のし方とか、人との関わり方とか

見て取る視点とか、何を賞賛するかとか

大切にしている想いとか。

 

いろんな言葉を選んで、何度も繰り返し伝えても

なかなか相手の心には届かない

相手の心に響かせることができないものだと

感じることがある。

 

自分の伝え方が悪いのか

何を言っても無駄な相手なのか

そもそも感性が違うのか

 

それならいっそのこと

伝えようと試みることをやめた方がいいのか

 

なんてことを考えて

悶々としてしまうことがある。

 

価値観の違い、欲望の違い、喜びの違い

そんなことを考えていると

自分にとっての正解が、必ずしも相手の正解ではない

と思ったりして

相手は自分に、そんなことを望んでいるわけではないのか

相手は自分を、必要としているわけではないのか

とも思ったりして

誰かに何かを伝えようとする気持ちが

萎えてしまったりするけど

誰かに何かを伝えたいという自分の中の想いも

たやすく手放せなくて...

 

 

結局、その背中を見せていくしかないのだ

というところに着地する。

 

自分が、自分にとっての正解を選んで生きて

その姿を相手が見て、何を思うか、何を感じるか

それは、相手の選択肢なのだと。

 

 

どう思われたいとか

どう思わせたいとか

そんなことに捉われて悶々と時間を過ごしても

それぞれが、それぞれの感性で

それぞれの背中を見ているのだろう。

 

だから、

その背中が、何も響かせられないのであれば

どんなに言葉を並べても

結果は同じなのではないかと思った。

 

同じ時間をかけるなら、

言葉を磨くより

自分自身の感性と意思を磨いた方がいい。

 

どうあがいてみても

人の心は、

その人の心が求める心地よい姿に

耳を傾け、視線を向け、心を重ねるのだろうから。

 

   

私は、私を生きる

そんな私を見て、あなたがどう思うかは

あなたの自由だ。

 

 

 

 



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by sawaki-home | 2018-08-29 16:00 | imagination

Painting is poetry that is seen rather than felt, and poetry is painting that is felt rather than seen. [Leonardo da Vinci]


by sawaki
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