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草むらに寝ころんで

 

 

―人生に行き止まりはない。―

とはいえ「行き止まりか... 」と感じることは、あるんですけどね。

 

でも、どんなに行き止まりを感じても

「いまできること」が、なくなることはないと思うんですよね。

そして、「いまできること」をしている経過の中で、

ある時ふいに、別の道が見えてきたりすることがあるのだと。

今月に入ってから、ふと思い浮かんだことが2つあって、

もちろんまだまだ、こういう道(方法?選択?)もあるかな?と

思いついたくらいなのですが、

選択肢が増えたと思えてきただけで、これからの人生に

ちょっとワクワク感が出てきたんですよね。

 

なんとなく、歳を重ねてくると、この先の暮らしって、

こんな感じになるのかなぁ... って、想像してしまうというか、

何が起こるかわからないとは、思えなくなるというのか、

どこか、新しいことが減っていくだけのように思えていたところが

私にはあったんですよね。

でも、その2つは、どちらを選んでも、わからないんです。

経験したというだけで終わるかもしれないし、

そこから思いもよらなかった展開になっていくかもしれないし。

そのわからない感じが、なんだかいいんですよね~。

ワクワクしてくるんです🎶

 

そんなことを言いながらも、今日までの延長のような暮らしを

続けていくことになるかもしれません。

人生とは、何かを計画している時に起こる別の出来事なのでね。

ただ、それでも私は、やっぱりまだ、未知の可能性が自分にあると

思っていたいんだなぁ~って、自覚したんですよね。

 

 

 

これまでも、自分の人生を手探りで生きてきたという感じなので、

思うような結果に辿り着けなかったことばかりなのですが

どんなに挫折を繰り返して、どんなに歳を重ねても、

それを理由に、楽しめなくなる選択をしたくないなって思うんです。

 

人には、いろんな生き方があって、幸せの選び方があって、

他人から見れば、共感できなかったり、理解できないと感じることも

多々あると思うけれど、結局は、人は誰でも、

その人にとって、それしか選べない道を歩んでいるように思います。

何を優先させてきたかが、その人の生き方という個性となって、

何かしらの喜びを得ているのだと。

別の誰かの生き方を参考にすることはできても、自分が求めている

幸福感を得られるのかどうかは、わからないですもんね。

 

 

だから私は、いまの私で、

同じところを、ぐるぐる回りながらも、

少しずつ、踏みしめてきた場所が、少しずつ、広くなっていって

その中を何度も転がって、草まみれになりながら

青空を見上げ、流れゆく雲を見送るのだろうと思うのです。

そして、そんな中で感じる風が、とても心地よいことに

私は気づいているのだと思ったんですよね。

 

 

暦の上では立春を過ぎても、まだまだ極寒の日々を過ごしていますが

感情の起伏が、四季のようにめぐるものだとするなら

私の今日は、ちょっと春の足音を感じた日... といえる気がします。

 

 

 

 

春の手紙(大貫妙子)

 

 

 


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by sawaki-home | 2018-02-18 02:29 | diary

良薬は口に苦し

 

苦い薬って、口に入れた時に、

うわぁ... 143.png って、気持ちになりますが

こんな苦い薬を何度も飲みたくないと思って

健康に気をつけるようになったりするなら

薬効は、成分だけではないかも?

と思ったりしました。

 

そういう意味でいうと

日々の暮らしの中で経験することも

苦い想いをしたことの方が

その後の自分の考え方や選択のし方に

影響を与えているように思えて

だからといって、

そんなに何度も苦さは味わいたくないけれど

こういうことも「良薬は口に苦し」かな?

と感じました。

 

 

夢想的な願いを思い描いて

現実とのギャップに気持ちを沈めるより

現実的な階段を選びながら

思い描く場所をめざすというのが

いいのかな?... なんて

そんなことを感じた休日でした。

 

 

 

 

 


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by sawaki-home | 2018-02-13 02:55 | diary

イマジネーション

 

 

誰が言っても無駄なんだ

彼女は、わかっているのだから

 

幻想の門をくぐり抜けて

腕時計を外して

手鏡を置いて

青い地図も捨てて

 

誰が引き留めても無駄なんだ

彼女は、気づいているのだから

 

また同じところに戻ってくるだろうと

また同じところから

やり直すことなどできないことも

彼にとっての彼女が

どんな場所にいるのかも

 

それでも彼女は

生命の息吹を感じる方へ

生きている息吹を感じる方へ

 

 

何を選ぶことが愚かなことなのか

彼女は、わかっているのだから

 

 

 


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by sawaki-home | 2018-02-10 04:17 | imagination

MIDNIGHT ALLEY

 

 

今夜は、FM COCORO の「MIDNIGHT ALLEY」を聴いてきます。

ノントークで流れていく感じが、夜更けのBGMに心地よい感じです。

邦楽、洋楽、様々な曲が選ばれていて、

救われるような想いになったり、癒されるような気持ちになったり、

遠い空に、想いを馳せたり... しています。

 

そんな中からの今夜の一曲は...

OVER JOYED Stevie Wonder

 

ラジオで流れていたのは、MARY J.BLIGE の曲でしたけどね。

初めは、THE BEACH BOYS の GOD ONLY KNOWS にしようって
思っていたんですけど、この曲を聴いたら、こっちかな?と。 

 

 


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by sawaki-home | 2018-02-07 03:57 | music

かならず終りがくる

 

先日、施設に入所されている方の中で最高齢だった方が

亡くなったんですよね。

年末くらいから、少しずつ身体状況に低下が見られてきていて

最期は、娘さん夫妻の見守られる中で永眠されました。

 

そんなこともあってか、ふと

自分は、愛する人を看取りたいか、それとも

愛する人に看取られたいかって思ったんですよね。

たぶん、人によって違うと思うんですけど。

 

で、私はというと「看取りたい派」だなぁ...と思いました。

理由はわからないんですけど

愛する人の人生を最後まで見届けたいと思う気持ちの方が強くて

自分の最期を見届けて欲しいという感覚はないなって。

だからもしも、自分の方が先に人生を終えることになったら

すごく未練が残る気がする。

まぁ、今日現在の気持ちですけどね。

この先、歳を重ねていったり、長く病気を患ったりしたら

心細くなったりして、心境もかわるかもしれませんが。

 

これまで過ごしてきた私の人生にも、それなりに辛い出来事や

先が見えないと思えるような日々もありましたが

幸いにも、自ら人生を終わらせたいと思ったことはないんです。

なぜそう思わなかったのかはわかりませんが

もしかしたら心のどこかで「人生には、かならず終りがくる」

ということを感じているからなのかもしれないと。

 

父が亡くなった時には、私はまだ幼くて

父の記憶は、片手で数えられるくらいしかないのですが

以前、井村和清さんの『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』を読み

「ふたりの子供たちへ」と書かれた文章を読んだ時、

当時の父の心境を感じることができた気がしたんですよね。

父もきっと、彼と同じ気持ちだっただろうと。

 

―さようなら。私はもう、いくらもおまえたちの傍にいてやれない。

おまえたちが倒れても、手を貸してやることも出来ない。

だから、倒れても倒れても自分の力で起き上がりなさい。―

 
 

なんて言葉を胸に刻みつつも、仏壇の前では
「どうか道を間違えないように、力を貸してください」って
両手を合わせているんですけどね。 

なんだか、とりとめのない話になってしまいましたが

たとえ僅かな時間であっても、自分が関わった方が亡くなると

いろんな想いがめぐるものなんですよね。


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by sawaki-home | 2018-02-06 01:36 | book

胸にしまう

 

言いたいのに言えない

とか

言っていいのかわからない

でもなく

 

言わないでおこう

という

 

自分の身を守るために

ではなく

相手の身を案じて


そこにある人間関係や立場や

口にすることで

起こりうるであろうことを

抱くであろう感情を

察して

胸にしまう

 

そういうことが

そう思うようになることが

大人になるにつれ

増えてくる

 

 

感じたことを感じたように

思ったことを思ったように

起きたことをありのままに話すのは

とてもたやすい

 

けれど敢えて

自分ひとりの胸にしまう

 

そんな心の奥行きが

必要になることもある

 

 

 


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by sawaki-home | 2018-02-04 16:29 | imagination

ぶれない

 

日本画家の平山郁夫さんの著作です。

以前にも一度読んだのですが、もう一度読んでみようと思い

書棚から取り出しました。

 

あんなに美しく温かい画面を描かれている平山さんでも

迷ったり、悩んだりしたことがあったのだな...と

慰められるような、励まされるような想いにもなったのですが

その中で、いまの自分にも当てはまるような気がしたのは

―水は、少しずつ温まり、100℃で沸騰する。

 けれど、100℃になる前に諦めてしまう人が多い。―

という内容が書かれていた部分でした。

 

長い時間を経て、少しずつ温めてきた、温め続けてきた想いに

時折、冷たい水を差されて、気持ちが萎えそうになることも

たしかにあるけれど、

心に宿る炎を、自ら消してしまったら、今よりももっと

寒々しい感触の中で、生きていくことになるような気がする。

 

何の確証も、確信も見いだせない中で

ぶれずに想いを貫き通すのは、簡単ではないけれど

諦めを纏って生きるのは、とても寂しい。

何ができるのか、どんな未来にたどり着くのかわからないけど

自分の感性を信じて、いまの自分がしたいことをしよう。

心に宿る炎に、手をかざしながら。

 

未来という画面には、心のままに、希望を描こう。

 

 

 




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by sawaki-home | 2018-02-02 03:08 | book

Painting is poetry that is seen rather than felt, and poetry is painting that is felt rather than seen. [Leonardo da Vinci]


by sawaki
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